わかっていないという気づき

 最近、性暴力について「わかっていない」言動をされることに傷つき、苦しんで、怒っていた。 

「わかっていないなら、するな」とも思うし、だからといって何のアクションも取られなくなったら、ますます理解もすすまないわけでイライラもやもやしていた。 

相手に何かを伝えたいとき、わかってほしい時に大事なことは、「相手の立場になって相手を理解すること」

だと理性的な大脳皮質は理解しているけれど 

感情的な大脳辺縁系が

なんで私がそこまでしないといけないのよ!私はわかっているんだから、あなた達がわかって変わってよ!

と叫んでいる。 

状況を、受け入れなければ変化は起こらないという原則を知っているのに感情の抵抗が大きかった。

 「わかっていない」と言っている自分が一番分かっていない。 

 コペルニクス的回転 

相手の嫌なところは自分が持っているところ。

それが、見えるということは自分が気になる意識をもっている。
自分になければ気にならない。
という法則がある。 

「わかっていない」ことに傷ついたり、怒ったりするのは、私自身が「自分がしていることを、わかってほしい、承認してほしい」と思っているから。だった。 

「逆説的なようですが、自分自身を受け入れてはじめて人は変わることができるのです」(カール・ロジャース)

  仕事とは、仕える事。
誰のために何をするのかを考えたとき、

わたしは自分の感情に仕えるために働いているのではない。 

わたしのことを認めて分かってほしくて行動しているのではない。 

今、暴力によって傷つき、苦しんでいる多くの女性、子ども、男性、セクマイ、障害を持つ人、外国籍の人、様々な被害を受けた人々が安全に安心して暮らせる環境の中で、受けた傷がいやされ、本来の自分自身として生きられるように、

暴力をSTOPできる人間を育て、暴力をSTOPできる社会がつくられるように、

彼女たち、彼らたちに仕えるために、仕事をしている。

 わかっていないという苛立ち、怒りはお前がわかれよというために与えられたことだった。

 怒りと憎しみで分断されるのではなく。愛と哀しみをもってつながるために。 

この出来事が与えられて、教えられて「わかっていなくて、いいんだ」と思えた 。

「わかられていないから、私が仕事するんだ」
「知られていないから、伝えていくんだ」と転換できた。 

何のコミュニケーションもしないで、わかってもらえて望みどおりのことをしてもらえたら、魔法だよね。

魔法つかいじゃないので、ひとつひとつ、伝えていく、仕掛けていく。

 きっとこれからも、またイライラするような状況があるんだろうけれど、

それは、わたしに教えてくれること、お前がわかれよって。

教えてくれてありがとう。 そして、こんな理解に気づかせてくれる、素敵な仲間、友人、先達にありがとう。
気づかせてくれたわかっていないと思っていた人にありがとう。
LOVE♡

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